2.仏壇の歴史 - 仏壇の知識

仏壇の普及

仏壇は、ご本尊とご先祖様の位牌を安置して、お参りするための祭壇です。
このことから、“家庭の中の寺院”と考えることができます。
私たちは家の中に仏壇というお参りのための場所を設けることで、日々仏様を供養し、
仏教への信仰を深めていることになります。

では、仏壇は、いつ頃から日本人の家庭に置かれるようになったのでしょうか?

仏壇に関する内容が日本の歴史に初めて登場するのは、
日本に仏教が伝来してから百年ほど経過した飛鳥時代のことです。
『日本書記』には、天武14年(西暦685年)、天武天皇が「諸国、家ごとに、仏舎を作りて
すなわち仏像及び経を置きて、礼拝供養せよ」と勅令を出したことが記されています。
もっとも、ここで言う「家」とは、一般庶民の家ではなく、国司の庁舎を指していると考えられます。

現存する最古の仏壇で、現代の仏壇のルーツと言われている
玉虫厨子(たまむしのずし)もこの時代のもので、奈良の法隆寺に安置されています。

「厨子」というのは、 大切なものを安置する扉のついた入れ物のことで、
玉虫の羽による美しい装飾が施されているため、玉虫厨子と呼ばれています。
この玉虫厨子には、黒塗りや飾り金具の装飾もあり、現代の金仏壇との共通点を見ることができます。

聖徳太子の「篤く三宝(仏・法・僧)を敬え」という言葉でも知られる奈良時代は、
国策として仏教が発展した時代でしたが、この頃の仏教はまだ貴族階級だけのものでしたから、
仏壇もまた、一般の庶民には縁のないものでした。

仏教が一般庶民に広まり始めたのは鎌倉時代のことです。
さらに時代が下って庶民にも仏教が浸透した室町時代中期、浄土真宗の蓮如上人が仏教の信仰を
深めるために各地を回り、皆が仏壇を持つよう説きました。
これが、庶民が仏壇を持つようになったきっかけです。
現在浄土真宗で用いられている金仏壇は、蓮如の「お袖縋りのお文」で説かれた阿弥陀如来の姿が
もとになっていると言われています。

蓮如がすすめたことから、浄土真宗の門徒には室町時代に仏壇が広まりましたが、
仏壇が他の宗派にも広まって普及したのは、江戸時代に入ってからでした。
江戸時代初期、キリスト教の信仰を禁止した幕府は、すべての庶民に対し、“キリシタンでないことの証明”として、
お寺の檀家になることを命じました。これを、「寺請制度」と言います。
また、檀家には仏壇を持つことが命じられたため、この頃より日本全土で仏壇が本格的に普及しました。